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第二十三話 紅椿、報告を聞く

黒鴉派の奥座敷。灯りを落とした部屋に、紅椿は一人で座っていた。膝の上で扇を閉じたまま、開かない。

「――戻ったか」
「はっ」

鴉丸が片膝をつく。まだ息が整いきっていないのを、紅椿は見逃さなかった。

「某の目にした限りを、そのまま申し上げます」

鴉丸は言葉を選びながら、廃寺で見たものを語った。輪郭の定まらない何か。誰何しても答えぬ気配。そして、自分のものではない記憶――崩れゆく街、燃える社、泣き叫ぶ声が、脳裏に流れ込んできたこと。

紅椿は扇を持つ指に、わずかに力を込めた。

「……業の毒は、効いたのだね」

「はい。手応えはございませんでしたが、崩れ去りましてございます」

「手応えがない、か」

紅椿は視線を落とし、しばらく黙った。鴉丸は続きを待った。

「鴉丸。お前が見た記憶――崩れる街、燃える社。それは、お前の知る光景であったか」

「……いえ。某には覚えのない景色にございました」

「そうか」

紅椿は、それだけ答えて、扇を開いた。だがその手つきは、いつもの優雅さを欠いていた。

「わたくしの一族にも、似たような話が伝わっている」

「一族の……?」

「詳しくは話さぬ。まだ、話す時ではない」

紅椿は扇を閉じ、立ち上がった。窓の外、月は雲に隠れていた。

「ただ一つ、覚えておきなさい。禍が見せる景色は、誰のものでもない記憶ではないやもしれぬ」

「――と、申しますと」

「もしそれが、誰かが実際に見た光景だとしたら。禍は、ただの化生ではないということになる」

鴉丸は、頭を下げたまま息を止めた。紅椿の声には、いつもの余裕がなかった。

「今宵のことは、他言無用。霜にも、まだ話すな」
「御意」

紅椿は襖の前で足を止め、振り返らずに言った。

「よく戻った、鴉丸。次は、某一人で行かせぬ」

鴉丸が顔を上げたときには、もう襖は閉じていた。残された部屋の暗がりに、閉じた扇の音だけが、いつまでも尾を引いていた。


次話へ続く。

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