翌朝、紅椿は月影派の屋敷を訪れた。案内も請わず、まっすぐに朧の居室へ向かう。
「朝から、いかがした」
朧が怪訝そうに問う。紅椿は静かに座し、昨夜のことを語った。侵入者、正体不明の気配、そして――
「男は酔いに任せ、こう申しました。『兆しは、”仕込み”の賜物』と」
朧の目が、鋭くなった。
「仕込み、とな」
「はい。禍の兆しが、自然に起きているのではなく、誰かが意図して引き起こしている節がある、と。詳しくは語らせる前に、男は気を失いましたが」
「……何者の仕業か」
「そこまでは。ただ、明治の”表の筋”――政に近い者らが絡んでいる気配がございました」
朧はしばし黙考した。焔から聞いた「禍への直接対決」の主張、あの符に記された「兆しは四たび至る」という予言、そして昨夜の「群がる影」の異様な規模。すべてが、一本の糸で繋がろうとしていた。
「紅椿」
「はい」
「そなたの見立て、業腹ながら見事なり」
紅椿は扇を口元に当て、微かに笑んだ。
「わたくしとて、黒鴉派の頭首にございますれば」
「今宵、焔と凪も交え、話をせねばなるまい。これは、幽玄衆だけの戦にあらざるやもしれぬ」
「御意」
紅椿が一礼し、立ち上がる。障子を開けたところで、ふと振り返った。
「朧殿」
「なんだ」
「――先だって申した、わたくしの一族の話。あれを、覚えておいでか」
朧は僅かに目を細めた。
「忘れてはおらぬ」
「いずれ、お話しすべき時が来るやもしれませぬ。その折には……お力添えを、頂けましょうか」
答えを待たず、紅椿は静かに座敷を後にした。朧は、その後ろ姿をしばらく見送っていた。
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