月影派の庭に、朧はひとり立っていた。夜半、白い息すら凍る刻限。刀を抜き、振る。音もなく、影も残さず。
素振りを百に数えたところで、朧はふと手を止めた。気配が近い。振り向かずとも分かる。
「凪か」
「はい」
音もなく現れるのは凪の癖だ。今宵も庭の隅から、いつからそこにいたものか。
「見廻りか」
「はい。異状はござらぬ」
凪は短く答えると、朧の隣に並んだ。二人でしばらく、月を見上げる。何を話すでもない。それでいて、この沈黙が心地よいと、朧は思う。二つの世界を知る者として孤独を抱えてきた朧にとって、言葉を要さぬ凪の在り方は、数少ない安らぎのひとつだった。
「月の鬼面、まだ手がかりはなしか」
「なし。外の探索、この十日は空振りにござる」
朧は小さく息を吐いた。焦りは見せぬ。武人として、それだけは崩さぬと決めている。
「急くでない。急いて見つかるものでもなし」
「はい」
短い返事の後、凪は少し間を置いてから、思い出したように呟いた。
「そういえば……先代の御廟に、また花が供えられており申した。この前も、その前も」
朧の手が、僅かに止まった。刀の柄を握る指先に、力がこもる。
「誰が」
「分かり申さぬ。門番に聞いても、見た者がおらぬのです」
凪は不思議そうに首を傾げただけだった。深く気にした様子はない。ただ事実を告げたに過ぎぬ、というふうに。
朧はそれ以上、問わなかった。代わりに、静かに刀を鞘に納めた。
「凪」
「はい」
「そなたがいてくれて、助かっておる」
柄にもなく、朧はそう口にした。武人らしからぬ言葉が漏れる、この稀な瞬間。凪は一瞬だけ目を見開き、それから小さく頭を下げた。
「もったいなきお言葉」
月は、二人の影を庭に長く落としていた。誰にも気づかれぬまま、その影の一つが、二人のものより少しだけ、長く伸びていたことに――朧も凪も、気づいてはいなかった。
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